2012/06/08

スズちゃんの火葬 - 3年半の最後の日

スズちゃんの火葬は16時から行われる。
私は仕事を早めに切り上げて戻った。
火葬車がくる前に祭壇でスズちゃんと最後のお別れをした。

火葬はクジラ公園の駐車場で行う。
青空がスズちゃんの遺体を火葬車に運ぶ。
最初に、スズちゃんの毛髪の一部を形見として切り取った。
次に皆んなでスズちゃんの遺体に花を飾った。
これでスズちゃんとも最後のお別れになる。

準備が整い、火葬が始まった。
火葬車がうなりを上げてスズちゃんを炎につつんでいる。

そしてお骨になったスズちゃんが我が家に戻ってきた。
リビングでスズちゃんの遺骨を拾い、火葬の儀は終わった。
とうとうスズちゃん姿は我が家から消えた。
切り取った毛髪がスズちゃんの形見だ。
祭壇にスズちゃんに骨壺を飾り、皆んなで手を合わせた。

青空がスズちゃんに当てて書いた手紙と私が描いたスズちゃんの似顔絵は、一緒に火葬するつもりだったが、持っていくのを忘れた。
でもこれはスズちゃんの思い出として残しておこう。

【君のことを忘れない】

スズちゃんは病にもかかわらず精一杯生きた。
君が我が家に来てから今日まで、君の生き方はとても立派だった。
がまん強く、ありのままを受け入れた。 そんな君を皆んなが愛した。
君と一緒にすごした3年半は、大切な思い出となって皆んなの心に残っている。
どうもありがとう、スズちゃん。

2012/06/07

スズちゃんへ最後のメッセージ - 手紙と絵

スズちゃんの火葬は明日の6月8日14時と決まった。
3年半一緒にすごしたスズちゃんとも今夜が最後だ。

スズちゃんが我が家に来てから、いろなんことをスズちゃんから教わった。
スズちゃんは病にかかわらず、不平不満を口にすることなく、
ありのままを受け入れ、自然体で生きた。

私たちも万一大きな病に罹り、あるいは事故にあって大けがをしても、
スズちゃんのように我慢強く、諦めることなく精一杯生きなければならない。

そんなスズちゃんともいよいよお別れの時がやってきた。

私はスズちゃんの絵を描き、青空は手紙を書いた。
3年半、病に負けず頑張って生きたスズちゃんへの最後のエールだ。




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2012/06/06

スズちゃん逝く - 君のことを忘れない

お母さんから、「10時15分にスズちゃんが息をひきとった」とメールが入った。
2,3日前からもう限界と思っていたので驚きはしなかった。
むしろこれでやっと君が楽になれたと安堵した。
ここ数日、それほど君の状態はひどかったから。


君が我が家に来たのは、2009年の1月19日だった。
寒い真冬の日だった。
私が仕事から帰ると、君はベッドにうずくまっていた。
今にも折れそうなか細い体だった。
名前が紙にかいてあった。
スズちゃん。

それから3年半、君は我が家のリビングで過ごした。
君は、手間のかかるネコだった。
目は緑内障で見えず、腎臓も悪かった。
砂のトイレが嫌いで、夜はリビング中にペットシートを置いた。
腎臓が悪いので数日おきに点滴を打った。
目が見えないので、ネコ缶を手のひらに乗せて食べさせた。
明け方になると大声で鳴いてご飯を催促した。

そのためお母さんはいつも寝不足だった。
それでも君はこの3年半、毎日我が家のリビングで過ごした。
女王様のタマも君には敬意を表した。
君はとても優しい性格をしていたので、皆んなに好かれた。
茶太郎にまでも。

君はメスだったが、大柄でスタイルのいいネコだった。
シッポもすらりと長かった。
けれど愛嬌のある可愛い顔をしていた。
何よりも我慢強い性格だった。
今日まで不平不満は一言ももらさなかった。
目が見えず、痛い注射をされても。

私は、夜、君と散歩するのが楽しみだった。
君は風のにおいをかぎ、風上に向かってゆっくりと一歩一歩進んだ。
お母さんは、君の目が見えるようになればいいのにと言っていた。
そうしたら、西公園の芝生を颯爽と走る君の姿が見られたかもしれない。

でも君は今日静かに息をひきとった。
いちばん信頼していたお母さんにみとられて。

君がいなくなっても、私も青空も君と過ごした3年半を忘れない。

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